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  • 2012年11月 の記事一覧

2012年11月21日(水) 記事No.30
その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は何をしても栄える。(詩篇1:3)

 ここにある「その人」とは、前節までに語られている「神の教えに生きることを喜びとする人」です。この世界には、色々な法則があります。ボールを地面に落とせばバウンドし、何回かのバウンドの後にボールは静止するという法則。また、体を鍛えれば、筋力が増強されより強い力を発揮できるようになるという法則。そしてここにあるように、水路のそばに植えられた常緑樹は、十分な水や栄養を摂取して、実を豊かに実らせ、葉も青々としていくという法則です。同様に、私たち人間が充実した幸せな日々を送っていくための法則、道筋があるのです。私たちの創造者である神様は、私たちが幸せに歩んでいくためのルールとして、創造主なる神の教えに生きることを教えておられます。私たちの幸せのために備えられた、神の教えを心から歓迎し、それをいつも忘れずに心に留めて生きる人は、時が来ると豊かに実を実らせ、葉も青々と生い茂り、いつまでも生き生きとしていることでしょう。

聖書は、その人は何をしても栄えるとさえ約束しています。現代の世は、何を頑張っても上手く行かないということも体験する時代です。八方ふさがりで、どうしたらいいのか分からなくなります。けれども、どこにいようと、何をしていようと、神の教えをいつも自分の最高の知恵として生きる人は、環境に左右されずに神の祝福を受ける者なのです。誰にもこれを妨げることはできません。この確信は、私たちにとってどれほど心強い拠り所でしょうか。不確かな時代に、確かな幸せの法則を持って生きられるとはなんという恵みでしょうか。
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2012年11月08日(木) 記事No.29
自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は天にたくわえなさい。そこでは虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。(マタイ6:19-20)

 ホスピスで2000人以上の生死に関わってきたチャプレンがこのような事を言っています。

その人が「どう生きてきたか」=「どう死ぬか」であると。

 ほとんどの人が生きてきたように死ぬと言うのです。死ぬ時ぐらいはかっこよく死にたいと思う人もありますが、残念ながらそうもいかないようです。そこで問われるのは、今をどのように生きているかということです。自分のことばかりを考えて生きていけば、死ぬとき何も残りません。天国にはお金も家も名誉も持っていけません。しかし、天国に持って行けるものがあります。それは天国で許可されている宝物です。天で許可されている宝とは一体何でしょうか。それは、神様のおことばに従って神と人とを愛することです。つまり、神様のためにささげた行為は永遠に神様に覚えていてもらえます。また、たった一人の小さな隣人になした愛のわざを、神様はいつまでも覚えていて下さいます。これが天に宝を積むということです。自分のために集めてきたものは、死と同時に消えさります。人々の心にも残りません。けれど、他の人々のために与えてきた愛の贈り物は、人々の心に留まり、またそれが語り継がれていきます。

あなたは今日、自分のために何かを集めるのか、それとも誰かのために愛を与えていくのか。自由に選ぶことができるのです。

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